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「暁の寺 豊饒の海 三」三島由紀夫

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インドや仏教の話と愛や性についての話の二本柱。何を言っているのかよくわからない部分も多かったけれど、ストーリーの奇抜さ面白さもあって楽しめました。

悪と楽

月修寺門跡から教わって読んだ仏教書の中の一文

「悪を行じながらも楽を見るは、悪の未だ熟せざるがためなし」

楽を見ているからといって、悪を行ってこなかった訳ではなく、悪がまだ熟してないということ。

自分の行いや行ってきたことが、いい事なのか?悪い事なのか?気になるお年頃なので、この一文が心にひっかかりました。

純粋な日本とは?

勲の死ほど、純粋な日本とはなんだろうという省察を、本多に強いたものはなかった。 すべてを拒否すること、現実の日本や日本人をすらすべて拒絶し否定することのほかに、 このもっとも生きにくい生き方のほかに、とどのつまりは誰かを殺して自刃することのほかに、 真に「日本」と共に生きる道はないのではなかろうか? 誰もが恐れてそれを言わないが、勲が身を以て、これを証明したのではなかろうか?

三島由紀夫が自決した事とリンクするような気がして、ゾクッとする恐怖を感じました。

輪廻転生するなら死は怖くないか

本多がインドのガンジス川で見た屍が次々に焼かれる光景について

ここには悲しみはなかった。 無情と見えるものはみな喜悦だった。 輪廻転生は信じられているだけではなく、他の水が稲をはぐくみ、果樹が実を結ぶのと等しい、つねに目前にくりかえされる自然の事象にすぎなかった。

私は輪廻転生を信じているわけではないけれど、いわゆる無宗教というか多宗教というか多くの日本人にありがちな、無意識で信じている神のようなものが色々あります。

神様なんていないとは思うけど、罰当たりな事はなんとなくやらないでおこうと思うし、そういう感覚に近しい感じで、輪廻転生をまったくの出鱈目だとは思いきれない面があるような気はします。

けれども、この文章を読んで、輪廻転生を満更でもないと思えるならば、こんな感じで、死ぬことが怖くなくなるのではなかろうかと、急に理解が深まりました。

美しく生きたい

清顕や勲と同じ日本人とはとても思われない、醜い日本人の一団について、こんな描写がありました。

 上等の英国製のリネンの服、白いシャツ、ネクライにいたるまで、これといって非難すべきところはないのに、おもがじし日本の扇子をいそがしく使って、黒い南京玉の一粒のついたその紐を手首にかけたままにしている。 笑うと金歯が見え、いずれも眼鏡をかけている。 上司がどうせ謙遜まじりに、仕事の自慢話をしており、下僚がどうせ何度目かのその話を、「やはりその場の支店長の。度胸というか、つまり誠実さの勇気ですね」などと同じ相槌を打ちながらきいているのである。 それから渡り者の女の話、主戦論と、声をひそめて軍部の横暴の話、・・・すべてに熱帯の物憂い読経の反復のような調子がひそんでいて、それがみせかけの活力と奇妙に結びついている。

あーこういう光景、めっちゃ思い浮かぶ!日本人は周りに合わせる人が多く、その結果、このような集団が形成されることがよくあります。

私もそういうのが嫌で嫌で…自分自身もその一因になっている事もよくあるけれど、やはり、そうはありたくない。

清顕や勲のように純粋を貫く事が、必ずしも良いとも限りませんが、美しくはありたい。また、純粋であることは美しさであるという私の価値観も再確認しました。

嫌いな人を打ち砕く

本多が嫌っている菱川について

本多はすぐさま菱川の悪癖が、古い発作のようによみがえりつつあるのを感じた。その最初の兆候を見たら、ただちに打ち砕いてやるのが親切というものだった。

嫌いな人の苦手な部分が見える時、こんな風に思ったりするかも。

そんな時は、心の中で「あーまたはじまった」と思いつつも、愛想笑いや適当な反応をしてスルーする事が多いけれど、場合によっては、打ち砕くというのもありなのか!

魅惑に欠けた自立的人間

戦争がはじまり、戦地へ送られる年齢ではないので他人事としてとらえる本多が、もし適齢期だったとして自分はそのような「行為をするようには生まれてこなかった」と自分を分析するシーン

 彼の人生は、誰もそうであるように、死のほうへ一歩一歩歩んできたのだが、それはともかく、彼は歩く事しか知らない人間だった。 駈けたことがなかった。 人を助け救おうとしたことはあるが、人に助けられる危急に臨んだことはなかった。 救われるという資質の欠如。人が思わず手をさしのべて、自分も大切にしている或る輝かしい価値の救済を企てずにいられぬような、そういう危機を感じさせたことがなかった。 (それこそは魅惑というものではないか。)遺憾ながら、彼は魅惑にかけた自立的な人間だったのである。

自立的な人生と魅惑的な人生を歩む人はそもそもが違う。

最近私は、人は生まれ持っての才能や与えられた環境によって創られる部分があって、どのような行為を行うか?どのような人生を送るか?は或る程度決まっている部分があるのかも?と考えるようになりました。

つまり、自分はどういう人間であるか?について或る程度客観的にみると、自分にはできない似合わない行為というものがあるということ。

また、大人達は「自立しなさい」とよく言うけれど、自立した人生とは、味気なくつまらなく、何事もなさない人生なのかもしれません。

そして、魅惑的な人とは凄い事をなしとげる強いヒーロではなく、助けたくなる人。それから、好きなものに夢中になったり、大切なものを一途に守ろうとするようなまっすぐな人なのでしょう。

輪廻転生と阿頼耶識

仏教の難しい話の部分はよく分からなかったけれど、要約するとこんな感じ

輪廻と無我との矛盾、何世紀も解きえなかった矛盾を、ついに解いたものこそ唯識だった。 何が生死に輪廻し、あるいは浄土に往生するのか?一体何が?
~中略~
かくて、何が輪廻転生の主体であり、何が生死に輪廻するのかは明らかになった。 それころは滔々たる「無我の流れ」であるところの阿頼耶識なのであった。

阿頼耶識(あらやしき)とは、仏教で対象を識別し認識する八つの識の事で、1.眼識、2.耳識、3.鼻識、4.舌識、5.身識、6.意識、7.末那識(まなしき)、8.阿頼耶識。

五感で感じる+第六感とか、人類の共通感覚とか、深層心理とか、そして、意識・末那識・阿頼耶識。

阿頼耶識は、阿頼耶(あらや)という蔵に、業力(ごうりき)という行いの力がおさまっているという事・・・という考え方の様です。

経験は食べ滓の骨!

58歳の本多の描写が秀逸で共感と共に笑ってしまいました。

年齢はもはや勘定に入れたくない何ものかになっていた。 四十代まで、年齢の貸借対照表の帳尻に敏感であった本多の心は、今や年齢について実にそんざいな、無頼な考えを持つようになっていた。 五十八歳の肉体の裡に、時あって子供らしい心が、歴々と残っているのを見出しても愕かなかった。 老いというものは、いずれ一種の破産宣告だったからである。
 健康については人一倍臆病になり、感情については放恣を怖れなくなった。理性が抑制の機能であるなら、その緊急な必要は去ったのだった。 そして又、経験は、皿の上の食べ滓の骨にすぎなかった。

経験や思い出こそが老いた時に懐かしみを持って楽しめる大切な物だという人もいますが、こういう考え方もあるんですね。

恋心について

恋をするとは?についてこんな風に書かれていました。

 それは外面の官能的な魅力と、内面の未整理と無知、認識能力の不足が相俟って、他人の上に幻をえがきだすことのできる人間の特権だった。 まことに無礼な特権。本多はそういう人間の対極にいる人であることを、若いころからよく弁えていた。

そして、手に入れたいと思うから、欲しいものが手に入らない。又、現実としてありえないから恋するのであって、認識して現実になってしまったらもはや恋ではなくなるので、永遠に手に入らないのが恋であるとか?

ロマンティックな思想ではありますが、還暦目前のおじさんが20歳に満たない外国人の少女に対しての抱く恋心と思うと、嫌悪感しかありません。

トキメキの描写

好きな人を見てトキメク時の描写が、とても乙女チックだったので

これだ、これだ、この動悸が大切!この動悸のおかげで、人生は固体であることをやめ、液体になり、気体にさえなるのだが、そんなことが起っただけで、本多にとってはもう得だった。 角砂糖はこの動悸の瞬間に紅茶に融け入り、すべての建築はあやしげなものになり、すべての橋梁は飴状になり、人生が、稲妻や雛罌粟の花のそよぎやカーテンのおののきと同義語になるだ。 ・・・きわめて利己的な満足と、宿酔の様な不快な羞恥とが相交錯して、本多を一気に夢心地に陥れた。

硬質な文体ではあるけれど、可愛らしさがあります。こういう文章も書くんだなぁと新鮮な印象を受けました。

人生は暗黒だった

本多が悪くない自分の人生について、自己嫌悪と共にこんな風に言っていました。

 自分の人生は暗黒だった、と宣言することは、人生に対する何か痛切な友情のようにすら思われる。 お前との交友には、何一つ実りはなく、何一つ歓喜はなかった。お前は俺がたのみもしないのに、その執拗な交友を押しつけて来て、生きるということの途方もない綱渡りを強いたのだ。 陶酔を節約させ、所有を過剰にし、正義を紙くずに変え、理知を家財道具に換価させ、美を世にも恥ずかしい様相に押しこめてしまった。 人生は正当性を流刑に処し、異端を病院へ入れ、人間性を愚昧に陥れる為に大いに働いた。 それは膿盆の上の、血や膿のついた汚れた包帯の堆積だった。 すなわち、不治の病人の、そのたびごとに、老いも若きも同じ苦痛の叫びをあげさせる、日々の心の包帯交換。

成功者になってお金持ちになって、みんなが欲しがるあらゆるものを手に入れて、贅沢な暮らしをする事は、包帯交換のようだと。

本質的なもの以外は重要ではない

最後の火事は、唐突過ぎる気もしましたが、こんな言葉が印象的でした。

 家は薪になり、生活は火になった。あらゆる些事は灰に帰し、本質的なもの以外何一つ重要ではなくなり、隠されていた巨大が顔が焔の中からぬっと首をもたげていた。

結局、最後に残る大事なものは本質ですね。


「暁の寺 豊饒の海 三」三島由紀夫



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