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「三四郎」夏目漱石

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青春小説を読むお年頃ではないけれど、この小説「夏目漱石の『三四郎』」が発表されたのは1908年で、 115年も前に書かれた物語を、今も楽しめて、共通点さえも感じることに不思議な感覚を覚えました。

100年以上の年月が経つのに、人間って考える事もやっている事も大差ないんですね。

例えば、悩んだ時の行動として共感したのが、ことあるごとに三四郎が池の周りをぐるぐると歩き回ったり、遠回りして池の方に歩いて行ったりする事。

三四郎は癇癪を起して教場を出た。そうして念のために池の周囲を二へんばかり回って下宿へ帰った。

私も、モヤモヤする時によく散歩に出かけます。

私は直線の遊歩道を歩くことが多いですが、ぐるりと回れる適当な大きさの池が近くにあるといいなぁと思ったりもしました。

「歩き瞑想」なんて言葉もあるけれど、歩いていると心が落ち着いたり、頭の中が整理されてスッキリしたりしますよね。

また、物語の舞台である東大周辺・文京区辺りの街並みの描写とか、木々などの自然の描写は、昔の言葉で表現されている新鮮さも相まってとても楽しめました。

それから、改めて、日本語ってキレイだと感じたので、話し言葉として日常的に使う事はないにせよ、日々感じたことに当てはまる表現があれば心の中で思い出したりなんかして、使っていけると楽しめそうです。

「きょう何か原口さんに御用がおありだったの」
「いいえ、用事はなかったです」
「じゃ、ただ遊びにいらしったの」
「いいえ、遊びに行ったんじゃありません」
「どうなすって」
「今お宅までちょっと出たところです」
「そう、じゃいらっしゃい」

この時代の日本語は、最も美しい言葉の一つとか言われていたりもすると聞いたことがあります。柔らかくて上品で、本当にきれいな言葉だと思います。

私は外国かぶれのところがあって、常々、英語の響きってカッコイイ!と思っていますが、日本語も捨てたもんじゃないですね。


それにしても、主人公の三四郎って、恋愛においては全然行動しないのね・・・という印象に終始しました。

この意味ではつまらないストーリーと言えるのかも?

いや、恋愛なんて、心の中で葛藤してグチグチと思っている事が大半で、思いを素直に行動には表せない部分が多いのかもしれません。

つい最近も、今の若い男性は、否定されることが怖くて恋愛に踏み出せないとか、ニュースのコラムで読みました。

いつの時代も、肉食女子の傾向はあるような…そして、だからこそ、この小説が時を経ても人気を得て、共感されつづけているのでしょう。


夏目漱石の作品の中で、この三四郎を高く評価している声を聞きますが、物語の構成のバランスが良くて読みやすかったです。

今回、細切れ時間で読了したのだけれど、少し読むとスーッと物語の世界に入っていけるところに、文豪の文章の良さがあるのかもしれないと感じました。

なんとなく、村上春樹さんの作品ともつながるような、しっかりとした独特な世界観が描かれていて、そこに安心してダイブできたので、心地よい現実逃避の読書トリップができました。


ここ数年、自己啓発本や現代小説ばかりを読んでいたところ、久しぶりの古い小説を読んだので、しっかりとかみしめるようにゆっくり目に読み進めました。
また、意味の分からない言葉や関連して思い出される事を、時々ネット検索しながら読めたのも楽しい時間の過ごし方でした。

そんな中で見つけた情報の一つに「夏目漱石は甘いものが大好きだった」という説があります。

漱石が好んで食べていたという「銀座空也の空也最中」と「日暮里の羽二重団子」は、ぜひ食べてみたいし、夏目漱石作品をいくつか読んだら、新宿にある「漱石山房記念館」にも行ってみたい。

読書って、心の中の世界も豊かに広がりますが、気持ちや色々な事をもっと知りたくなったり試してみたくなったりと、行動してみたくなる気持ちを掻き立ててくれ、自分にとっての現実的な世界も広げてくれますね。

人の心と体を動かす本は名著だと、改めて感じました。

「三四郎」夏目漱石

マンガで読む名作 三四郎



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