「痴人の愛」谷崎潤一郎
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やっぱり面白い谷崎潤一郎作品。振り切って独特の感性を貫いているところが好きなのです。
もちろん、共感できない部分は沢山あるのだけれど、超個性的な人と分かっているので、安心して私の知らない世界を垣間見ることが出来、知らなかった事や新たな視点をすんなりと受け容れられて、自分の世界が広がる気がします。
「痴人の愛」は、理想の女性に育てるストーリーというざっくりとしたあらすじの前知識は持っていましたが、こんな内容の小説だとは知らず、予想外の展開を楽しめました。人間の趣味嗜好や性愛とか人間関係って奥深いです。
対等じゃないからバランスが崩れる
譲二さんはナオミを見初めて、引き取ってやろうなんていう上から目線で一緒に暮らし始めたので、ナオミはどんどん調子に乗って変貌していき、挙句の果てには立場が逆転したのだと思いました。
年齢差が大きいとか、仕事やお金のあるなしとか、強要や技術がどれだけあるかとか、社会をどれだけ知っているか等、人にはそれぞれ強みや弱さがありますが、それは上下ではなく単なる「差」です。
持っている者が持たざる者を下に見ていると、それは相手にも伝わり、反発したり隠れて裏切ったりしたくなる悪の原動力を育んでしまうのではないでしょうか。
とはいえ、他人に対してフラットに、平等な立場であると相手を尊重する事って難しいです。
人間はどうしても比べてしまうもので、自分が人よりも優れている部分を見つけては優越感に浸ったり、安心したりしてしまうもの。
そういった微妙な優劣のバランス感覚を無意識に保とうとして複雑な人間関係が上がったり下がったり、伸びたり縮んだりしているように思いました。
大正時代なハイカラな生活スタイルが素敵
レトロ好きの私の趣味にあう大正時代の生活をうかがえる描写が素敵でした。
カフエエで働くとか、ダンスに行くとか、洋館に暮らすとか、外国の生活スタイルに憧れて真似しようとする時代の雰囲気は、自由で前向きで、新しいものを取り入れてどんどんと変容していく力に満ち溢れていて勇気を貰える気がするのです。
私はそういう気持ちを忘れずに持ち続けたいです。でも
社会の上層に生まれた者とそうでない者との間には、争われない品格の相違があるような気がしたのです。
この感じは、どんな時代でもありますよね。
ナオミは、とても美しく魅力的な人なのだろうと想像しますが、一方で、どうしても超えられない壁の様な部分だったり、どうしても好きになれそうにない部分だったりがありそうなところが否めません。
「どうだね、君、君がこの女を連れて歩いたら、果たして君の注文通り、世間はあッと驚いたかね?」と、私は自ら嘲るような心持で、自分の心にそういわないではいられませんでした。
とまぁ、そうと分かっていてもその魅力にはかなわないという感じなのだから、人ってよくわかりません。
心の描写と風景の描写
芸術作品は、心の中や目に見えるものの描写を楽しむものですが、私が好きになる小説は、何気ない風景の描写が素敵だなと感じる事が多いです。
谷崎作品は、心の描写が個性的で妖艶なところが魅力であるのはもちろんの事、目に見える風景の描写も素敵です。
それは今夜に限ったことではありませんが、その晩はまた、日の暮れ方にさっと一遍、夕立があった後だったので、濡れた草葉や、 梅雨のしたたる松の枝から、しずかに上る水蒸気にも、こっそり忍び寄るようなしめやかな香が感ぜられました。 ところどころに、夜目にもしるく水たまりがひかっていましたけれど、沙地の路はもはや埃を上揚げぬ程度にきれいに乾いて、 走っている車夫の足音が、ひろうどの上をでも踏むように、軽く、しとしとと地面に落ちて行きました。
こんな文章が頭に思い浮かぶ人の目に映る世界って、私に見えている世界とは違うものなのかもしれません。美しい文章。日本語は美しい!
夫婦関係とは?
夫婦関係って難しいです。今の時代、熟年離婚が増えているし、仮面夫婦とか別居婚とか夫婦の形も様々で、終身雇用の崩壊と同様に就寝結婚はもはやなくなっているなんて話も聞きます。
実際に私も結婚をしていますが、夫婦関係って夫婦の数だけそれぞれあるだろうし、他人に言わないだけで、夫婦間だったり自分の心の中にだけだったり、色々と思うことをみんなそれぞれ抱えているものだと考えています。
普通の仲良し夫婦に見える人だって本当のところは分からないのですから、風変わりな夫婦関係であれば尚更です。
夫婦関係を難しくする原因として考えられる事がいくつか書かれていました。
私とナオミでたわいのないままことをする。「世帯を持つ」と云うようなシチ面倒臭い意味でなしに、呑気なシンプル・ライフを送る。これが私の望みでした。
自分の望みを押し付ける感じで、相手の幸せなんてこれっぽっちも考えていない自分勝手な思考です。 そもそも協力して妥協点を見つけてよき夫婦関係を築こうという気はない訳ですよね。
ナオミも悪いが、僕にも責任があるんですよ。僕は世間の所謂『夫婦』と云うものが面白くないんで、成るべく夫婦らしくなく暮らそうと云う主義だったんです。 そいつがどうも飛んだ間違いになったんだから
自覚はあるけど、面白くないものはしょうがない気もします。そして、ナオミの方も
つまりナオミは私に取って、最早尊い宝でもなく、有難い偶像でもなくなった代り、一箇の娼婦となった訳です。 そこには恋人としての清さも、夫婦としての情愛もない。そうそんなものは昔の夢と消えてしまった!
恋人であるなら清さ、夫婦であるなら情愛は必要…。なるほどそうかもしれません。
夫婦関係をうまくやるのって、聖人君主でないと難しいのかと、なんだか面倒くさく思えてきますが、それでも、どうしても惚れこむ何かがあればそれだけでいいのかもしれない…そんな一筋の光が、見えるような部分は救いだと感じました。
多分それを普通の人は「変人」とみるでしょう。でも結局はみんな、そういう変人の部分で他人とくっついたり離れたりしているのではないかな…と。
女の顔は男の憎しみがかかればかかる程美しくなるのを知りました。
自分は何を美しいと感じるのか?そして、その美しいと感じるものを自分なりの方法で堪能できれば、変人と見られようとも本人にとってはそれが「幸せ」であり、「愛のカタチ」なのでしょう。
〆めがいい
小説の結びが美しく上手くまとまっていて「上手いなぁ」という感じでした。
まずは最後の少し手前で
断って置きますが私はその時三十二歳で、ナオミの歳は十九でした。十九の娘が、かくも大胆に、かくも奸黠に、私を欺いていようとは!
と前振りをして、ラストは
私自身は、ナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません。 ナオミは今年二十三で私は三十六になります。
結局これはこれで、お似合いのいい夫婦なのかもしれません。
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