断捨離が持つ仏教的な意味と断捨離ブームが意味するもの

座禅を組む女性
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断捨離(だんしゃり)という言葉は、クラターコンサルタントのやましたひでこさんが作った新しい言葉です。

「断」=入ってくる要らないモノを断つ
「捨」=家にはびこるガラクタを捨てる
「離」=モノへの執着から離れ、ゆとりある“自在”の空間にいる私

という思いが込められているそうです。

言葉の一つ一つが仏教用語になっているとのことで、日本人的な思想にとても馴染む言葉です。

日本人の身近にある仏教

煩悩を断ち、煩悩を捨てて、執着を離して悟りの境地に入るというスタイルは修行の目的で理想の姿です。

日本の各地にはお寺がたくさんあり、意識していてもいなくとも、ほとんどの人が仏教の影響を大きく受けて生活をしています。

外国からの文化の影響を強く受けて、様々な輸入品や音楽・芸術・カルチャー・食などの外国のものにあふれた生活をしていても、仏教女子や歴女・仏像ガールなど仏教の文化のブームも消えずに残っています。

また、お寺に行ってホッとするという感情は、日本人なら誰しも思うところがあることも多いはずです。

きっと、遺伝子レベルで、仏教と日本人は深くつながっているものがあるのではないでしょうか。

断捨離によって呼び覚まされた心

断捨離という言葉は、新しい言葉なのに、なぜか、古くからある仏教の教えそのもののようなストレートなメッセージを感じます。

捨てられないものに囲まれた生活をしているけれど、本当はすっきり断捨離したい・・・という、「内なる声」を、明確にしてくれているかのようです。

経済成長を経て、日本は、大量生産大量消費が当たり前の用の中になってきました。

まわりのみんなと同じようにたくさん買い込んで、それでも、流行に後れないように、また新たなものを買って・・・

本当は疲れていたし、こんな生活でいいのかな?という気持ちがあったのに、ふたをしていた。

その気持ちを呼び覚ましてくれたのが、断捨離ブームのような気がします。

大量生産の次にくるもの

消費することは大事なことです。世の中がまわり、社会が活性化され、新しいものが生まれて便利になっていきます。

テレビ・冷蔵庫・洗濯機など、一通りの生活が便利にできるようになり、携帯電話・パソコンなど、高度な進化がすすんでいます。

これまでのように、ものすごいスピードで開発をし、どんどん消費してどんどん進化していくこともできるのかもしれません。

でも、私たちは、かなり満たされています。絶対的にモノがなくて困る状況にはありません。

本音では、今までのような大量なモノの進化は求めていないのではないでしょうか。

毎年、ほんの少し違うだけの新しいバージョンのモノが欲しいのではありません。広告や周りの人に流されている部分も大きいのではないでしょうか?

気に入ったものを大事に永く使っていきたい。

仏教的な思想をもつ日本人の本心としては、やっぱり、そのほうが落ち着くような気がします。

ものに執着しないために

本当に気に入るものを見つけるためには、いくつかのものを使ってみることが必要です。

例えば、鍋をひとつ持つにしても、自分にとってどんなサイズが適切か?どんな素材のものが好きか?お手入れがしやすいか?などがわかりません。

実際に購入して、使ってみて、失敗をしてみないと見えてこないことなのです。

「どこどこのメーカーの鍋じゃなきゃダメだ」という執着を持つことはどうかと思いますが、「この鍋一つあれば大丈夫」とスッキリと思うためには、色々な鍋を消費するという経験を経ないと到達しないでしょう。

これは、人生における生活修行かな?

無理に少ない鍋にする必要はないとは思いますが、ゆっくりと人生の時間をかけて、好きなものをそろえていけたらいいなと考えています。



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